中野区議会議員 ひやま隆(檜山隆) 衆議院議員ながつま昭元公設秘書

トピックス

戦争体験者の声一覧

2014年9月19日(金) 先の戦争の話をうかがう

掲載日:2014.09.19

 ひやま隆です。
 本日は、現在、中野区にお住まいで戦争体験者のAさん(仮称)に、先の戦争に関するお話を伺いました。戦時中、Aさんは小学生で、1945年(昭和20年)8月2日、疎開先の茨城県水戸市で水戸空襲を体験されました。
 「とにかく真夜中に姉妹3人と母親で焼夷弾の雨の中を必死に逃げましたが、あの恐怖感は今でも忘れられません」「幼いながらにも地球儀を見て、こんな大きな国(アメリカ)と戦争をやって勝てっこないと思っていました」という言葉がとても印象に残りました。

ひやま隆(2014.09.19)|写真日記, 戦争体験者の声

2014年8月15日(金) 終戦の日にあたって

掲載日:2014.08.15

 8月15日―。私にとっての終戦の日を考えるとき、心に浮かぶのはただひとつの光景、コップに一杯の水を汲み、静かに手を合わせていた、今は亡き祖父の後ろ姿です。祖父は、よく私に戦争の話を聞かせてくれました。
 私の祖父、檜山清春(故人)は、昭和15年10月に臨時召集を受け、旧帝国陸軍の兵士として先の戦争に出征しました。中国大陸、南方の島々を転戦し、ハルマヘラ島(現在のインドネシアのモルッカ諸島にある島)で終戦を迎え、抑留生活を経たのち、昭和21年6月5日、ハルマヘラ島から田辺港(和歌山県)に復員しました。
 「死に損ないの恥さらし」
 心無い侮辱と軽蔑に耐えながらも、亡くなった戦友の分も懸命に生きようと誓ったのが、祖父にとっての「戦後」の原点でした。それは、「右翼」でも「左翼」でもない、祖国復興に懸ける祖父の純粋な愛国心であったと思います。
 今日の平和と発展は、かつての尊い犠牲の上に成り立っているということを私達は決して忘れてはならないと思います。
 本日、69年目の終戦の日を迎えるにあたり、先の大戦において犠牲となられた内外のすべての人々に対し、謹んで哀悼の誠を捧げます。 

ひやま隆(2014.08.15)|写真日記, 戦争体験者の声
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