中野区議会議員 ひやま隆(檜山隆) 衆議院議員ながつま昭元公設秘書

トピックス

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2015年2月14日(土) 江原町・江古田・沼袋で街宣活動

掲載日:2015.02.14

 ひやま隆です。
 皆さま、バレンタインデーいかがお過ごしでしょうか。
 本日は、江原町・江古田・沼袋で街宣活動を行いました。先日、おじゃまさせて頂いた、ある懇親会で「社会を変えるのは、若者・よそ者・バカ者だ!」との言葉を頂きました。本日の街宣中、妙に頭の中から離れなかったこの言葉。よくよく考えるとかなり含蓄のある言葉です。

ひやま隆(2015.02.14)|写真日記

2015年2月11日(水) 中野区立江古田図書館にいます

掲載日:2015.02.11

 ひやま隆です。祝日は、いかがお過ごしでしょうか。
 本日は、自宅から徒歩15分のところにある、地元の中野区立江古田図書館に来ています。住宅街の中にある江古田図書館は、祝日も多くの地元の方に利用されています。
 今日は料理の本を借りました。料理が出来る男子を目指そうと思います。
 江古田図書館へのアクセスはこちらをご覧下さい。http://www3.city.tokyo-nakano.lg.jp/tosho/introduction/KAN07.html

ひやま隆(2015.02.11)|写真日記

2015年2月10日(火) 沼袋駅北口で朝の街頭演説

掲載日:2015.02.10

 ひやま隆です。
 今朝は、沼袋駅北口にて朝の街頭演説をいたしました。今朝も凍てつくような寒さでした・・。皆さまもお風邪などひかぬようお気を付け下さい。いつものように写真は、沼袋在住の大学の先輩に撮って頂きました。ありがとうございます!
 沼袋駅は連続立体交差事業の該当駅であり、2020年度(平成32年度)までの完成を目指して工事が進められています。「開かずの踏切」の問題は、中野区が抱える大きな課題の一つであり、一日も早い解消に向けてしっかりと取り組んでまいります。

ひやま隆(2015.02.10)|写真日記

2015年2月9日(月) 新江古田駅で朝の街頭演説

掲載日:2015.02.09

 ひやま隆です。
 今朝は、新江古田駅にて朝の街頭演説をいたしました。凍てつくような寒さでしたが、多くの方にチラシを受け取っていただき、感謝申し上げます。
 午後の地元まわりの際に、商店街の方から「落語で話術を鍛えよ」とのアドバイスをうけ、中野区内で開催される寄席のスケジュールをいただきました。落語・・。未知の領域ですが今月中に一度、行ってみようと思います!

ひやま隆(2015.02.09)|写真日記

2015年2月8日(日) つかの間の休息、美味しいたい焼き

掲載日:2015.02.08

 ひやま隆です。
 本日は、午前中、地元まわりをしていましたが、午後は雨天の為、アーケードのある鍋屋横丁の交差点で辻立ちを行いました。
 自転車での移動の為、機材も体もビショビショに・・。冷たい雨は苦手です・・。最近、写真がいつも街頭の写真でマンネリ化しているとのご指摘があったため、本日の写真は、昨日食べた地元のたい焼き屋さんです。外はパリパリ、中はふっくらの美味しい、美味しいたい焼きです!

ひやま隆(2015.02.08)|写真日記

2015年2月7日(土) ながつま昭と語る会に参加しました

掲載日:2015.02.07

 ひやま隆です。
 本日は、中野区本町で開催された「ながつま昭と語る会」に参加しました。
 長妻代議士からは最新の国政状況についてのご報告がありました。過激派テロ組織ISIL(「イラクとレバントのイスラム国」)による日本人人質殺害事件を受け、国会ではこれまでの政府の対応が大きな焦点となっています。
 テロリズムは断固として根絶しなけれなりませんが、軍事に特化したテロ対策に展望はありません。
 西欧諸国との緊密な連携は維持しつつも、いかにして中東諸国との信頼関係を構築するか。テロの温床とも言われる格差と貧困をいかに克服するか。国際的なテロとの闘いに日本はいかなる形で貢献するか――。
 複雑な連立方程式を解くような、複眼的な外交力が日本に試されています。
 ※長妻代議士の「ながつま昭と語る会」は、原則、毎週中野区・渋谷区いずれかの地域で開催しています。

ひやま隆(2015.02.07)|写真日記

2015年2月4日(水) 新井薬師前駅で朝の街頭演説

掲載日:2015.02.04

 ひやま隆です。
 今朝は、新井薬師前駅北口にて朝の街頭演説をさせて頂きました。
 本日は、現在、中野区上高田にお住まいの戦争体験者のNさん(仮称)に、先の戦争に関するお話を伺いました。現在、94歳のNさんは、昭和15年に召集を受け、先の戦争に出征しました。当時の関東軍に編成されたNさんの主たる任務は、旧満州国におけるソ連との国境線の警備活動でした。昭和20年(1945年)8月、日本が終戦を迎えた直後、突如としてソ連軍が侵攻してきます。Nさんは、捕虜となりシベリアへと送られました。
 「ソ連兵に“ダモイ(帰国)・トウキョウ”と言われ船に乗せられたら、行き先が日本ではなくシベリアでした。とにかく寒さと飢えに耐える生活で、食事は黒いパンとスープのようなもの。ただ、現地の住人もずいぶんと貧しい生活をしていたような記憶があります。」
 終戦から2年後の昭和22年、Nさんは日本に復員しました。戦後は保険会社に勤務し、会社員生活を送られました。
 「今は、軍人恩給も受けていますが、多くの仲間を失いましたからね。複雑な心境です。」「昨日も、国会中継を観ていましたが、何かこう、日本は大丈夫かなというか、そういう感じはありますね。戦争というものを知っているだけにね。」
  戦争体験者の高齢化にともない、日本から戦争の記憶が急速に失われつつありますが、今の時代を生きる者の責任として、私はこれからも戦争を体験された方々の貴重な声を記録し、伝えていきたいと考えます。ご自身の体験談、ご親族・お知り合いの方の体験談など、皆様のお話を、是非、お聞かせ下さい。

ひやま隆(2015.02.04)|写真日記, 戦争体験者の声

2015年2月3日(火) 沼袋駅北口で朝の街頭演説

掲載日:2015.02.03

 ひやま隆です。
 今朝は、沼袋駅北口にて朝の街頭演説をいたしました。
 大学時代のサークルの先輩に活動写真を撮って頂きました。ありがとうございます!
 本日は、友人のフェイスブックの記事を紹介したいと思います。この投稿を読み、あらためて「政治の役割」とは何かを考えさせられました。社会には様々な不条理、理不尽、不公平があります。それらを最小限に、限りなくゼロに近づけることが政治の大きな役割です。
 私が目指す「すべての人に居場所と出番のある社会」とは、すべての人が、その人らしく、尊厳をもって生きられる社会のことでもあります。以下、少し長くなりますが、そのまま引用させて頂きます。※本人の同意を得て引用しています。
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妹 とゎたし。
ゎたしとは3歳離れているがとっても仲良し。色々なことを話したり悩みを相談したりお買い物に行ったり。ただ、性格は似ているようで似ていない。どちらかといえばゎたしの方が活発で人見知りしないタイプ。妹は大人しくだんだんと仲良くなるタイプ。どちらも我慢強いのは似ている。
お互い結婚してからは、ぁまり会えなくなってた。
その妹が出産後母の所へ帰省。1ヶ月くらいで戻る予定だったが、帰る何日か前に腹痛で救急車で運ばれ緊急手術。卵巣嚢腫と卵管捻転だった。
退院後、退院祝いの為母の家へ。
ゎたしは思っていたことをぶつけてみた。やはり的中だった。妹がその事を口に出したのは初めてだった。
妹は夫からDVを受けていた。ゎたしがおかしいなっと思い始めたのは入院してから妹の話の中で見えてきた矛盾からだった。妹の夫に対して初めから良くは感じていなかったゎたし。なので、先入観からか?と思ったがやはり何かがおかしい。と思った。
今、世間で話題になっているモラハラ。それがあるのは妹の話では確実だった。母に対しても妹の夫の態度はモラハラだった。
果たして、それだけなのだろうか?言葉だけなのだろうか…
そして、疑問は妹の言葉で確信へ変わる。
それまで、母とゎたしは離婚した方が良いのでは?と思い妹にも伝えていたが妹は離婚は考えていない。相手をもう少し信じたい。と言っていた。だから、妹の事を信じ意見を尊重しようと思っていた。
でも、DVがあると聞いた時これは戻してはいけないと思った。妹の意見も大事だがこれは妹の意見とは関係なしに絶対に戻してはいけないと。
守るとはそういうことだろうと。
あざが出来るくらい、耳鳴りがずっと鳴るくらい、目に光がずっと残るくらい…妊娠中も出産後の病院でも、手術した病院でも、母の家でも…
聞いていて吐きそうだった。怒りがこみ上げてきた。母は泣いていた。
だって、自分の子供がそんな目にあっていたなんて。。ゎたしよりも母は辛かっただろう。
妹に何故病院に行かなかったのか、逃げて来なかったのか聞いた。妹は自分が悪いと思っていた、自分が良くしていればキレたりしないから。我慢すれば良いと…されているときはただただこれが収まればいいと思っていたと。自分の異常、相手の異常に気付けなかった。気付けてもどうしようも出来なかったと。そして、収まった後は謝ってくる、愛している、ごめんなと。
正しDVのサイクル。
妹はゎたしが言った『今度は自分ぢゃなくて子供にも同じようなことするよ。だって、子供は大人みたいに大人しくしていないし言うことも聞かないもの。』という一言でハッと我に返ったらしい。そして、決断した。
自分一人で抱え込み、どれだけ辛かっただろう。どれだけ耐えたのだろう。どれだけ怖かっただろう。。それを思うと胸が張り裂けそうだった。
そして、闘いが始まる。
まず、保護命令。夫に離婚する意思を伝えた後着拒にした。引越しもした。行くあてがない夫はゎたしの所に来た。朝6時前に。その前に4時半辺りに非通知から着信があったが…
その件もあった為、妹とゎたしへの保護命令だ。しかし、さすがに中立の立場の裁判所。相手の話も聞くらしい。
結局一部認めたし、証拠があったので保護命令は出た。
しかし、その後。色々な申請があった。ゎたしはほぼ手伝えなかったが。母と妹は大変だったと思う。
一つ言えることは、今の憲法では被害者を守れないと言うこと。そして、お金がなければ泣き寝入りをしなければならないこと。
保護命令も機嫌は6ヶ月だけ。再申請も出来るがまた申請に手続きがいる。
一つ一つに手続きと書類がたくさんいる。そして、時間、労力、お金がかかる。それは被害者側が全て負担しするよやらなければならないこと。
妹はまだいい。母がいるから。ぢゃぁ、誰も頼れない人はどうすればいぃの?お金がない人は裁判も出来ない。やられ損。
相手に見つかったら終わりなのに、危険な所を出歩かなくてはいけない。見つかったらどうするの??
1人だったらいいけど、乳飲み子抱えて出歩くて大変なこと。走ってだって逃げられないよね。
そして、極めつけは役所の対応の悪さ。まったく無関心かつ不親切。
誰も教えてくれない。自分で調べなきゃわからない。自分であれはどうなの?とか気付かなきゃいけない。同じ役所なのに同じ課なのに何故担当者が違うの??同じ書類なのに、何故何通も必要??
誰かが教えてくれさえすれば…
ゎたしも同じようなことがあった。元気が入院中。入院費が一括で請求が来た。誰もこの病気が特定疾患だと教えてくれなかった。ゎたしも無知でその事にさえ気付けなかった。払った後で医者にそえば特定疾患だよね?と言われ…結局申請はしたが金額は戻らず。払った損。
誰が教えてくれれば。
当人はその事に必死だからわからない。気付けないのだ。
文句を言えばゎたし達に言われても…と。ぢゃぁ誰に言えばいぃんですか??
弱者にこんなにも弱い世の中。理不尽極まりない。
助けてと…その一言さえ言ってはいけないのだろうか??
言ったとしてもかき消されてしまうのだろうか??
妹は今ならゎたし同じような人にアドバイスできるよ!っと言っていた。
そうでしょう、それが普通だよね。自分がわかっていたら経験していたら同じような人に教えてあげるよね!
役所なんて同じような人何人も相手にしてるんだもの、次に何をして何が必要かなんてわかるよね。。何故それが出来ないのだろうか…
そして紙切れ一枚でもいい。流れとか必要なものとか書いて置いておいてほしい。
この事にさえ気づいてない同じような人がたくさんいると思う。やりたくても出来ない人がたくさんいると思う。
泣き寝入りをしている人がたくさんいると思う。
どうしたら、弱者に優しい世の中になるのだろうか。
みんながみんなが優しい世界であってほしいと思うのに。
妹にも了承を得て書いています。
同じように悩んでいる人につながったらいぃなと思って書きました。
長い文章読んでいただいてぁりがとう。

ひやま隆(2015.02.03)|写真日記

2015年2月2日(月) 新江古田駅で朝の街頭演説

掲載日:2015.02.02

 ひやま隆です。
 今朝は、新江古田駅にて朝の街頭演説をさせていただきました。
 相変わらずの厳しい寒さです。天気予報によると、東京では今週の木曜日に積雪の可能性があるとのことです。皆さまもお気を付け下さい。
 長妻昭衆議院議員の公式ホームページに来日中のトマ・ピケティ教授との意見交換の記事が掲載されていました。http://naga.tv/article-7456.html
 中野区内の公立中学校では、今や、生徒全体で3人に1人が、給食費などの援助を受ける就学援助を受給しているのが現実です。格差の拡大は人の能力の発揮を阻み、社会を不安定化させます。引き続き、格差・貧困問題にもしっかり取り組んでまいります。

ひやま隆(2015.02.02)|写真日記

2015年2月1日(日) 中野区立歴史民俗資料館を訪れました

掲載日:2015.02.01

 ひやま隆です。
 過激派テロ組織ISIL(「イラクとレバントのイスラム国」)が湯川遥菜さんに続いて後藤健二さんを殺害したとみられる動画を公開しました。痛恨の極みであり、強い憤りを禁じえません。ご親族に心より哀悼の誠を捧げたいと思います。
 本日は、中野区江古田4丁目にある中野区立歴史民俗資料館を訪れました。現在、同資料館では、特別展示「出土品からみる狩りと採集の生活」が開催されています。中野区内には、100を超える大小様々な遺跡があります。今回の特別展示では、江古田遺跡をはじめ、これまでに発掘調査が行われ旧石器時代や縄文時代の16の遺跡を取り上げ、稲作が始まる前の狩猟採取の暮らしを探っています。特別展示は、2月8日(日)まで開催されています。皆さまも、是非、お足を運んでみてはいかがでしょうか。
 中野区立歴史民俗資料館の詳細につきましてはコチラをご覧下さい。http://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/403200/d002866.html

ひやま隆(2015.02.01)|写真日記

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